神様を完全に信頼して、全てをゆだねる時、私達の重荷は軽くなる。

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私が神様を心から信じることが出来たのは、亡父のアルコール依存症からの回復の道のりを経験し、ニューヨークで家族会(アラノン)に出会う事が出来たからです。そこでは、自分が成長する為の色々な知識を与えて頂きました。今でも毎日のようにその時、手に入れた本を読んでいます。最近、アルコール依存症でうつ病の方がご家族にいると、友人から相談を受けました。以下書かれてある事をご紹介したいと思います。

「アルコール依存症者との生活に打ちのめされていた時、私はどっちを向いてよいのか?どうやって物事を決めればよいのか?分からなかった。私は神様を拒絶していた。何故なら、これは神様からの不公平な罰だと思っていたから。けれど、「一人でやること」は物事を更に悪くすることに気づいた。どうにもならない、どん底に来た時、私は再び神様に目を向け、私の人生と意思を神の御手の中においたのだ。ひとたび神様を完全に信頼して、全てをゆだねた時、私の重荷は軽くなった。どのやってこのような出来事が起こったのか、私には分からない。神様がいつも私の友達になりたいということを、決して忘れない。私が神様を信頼すればするほど、神様と私の関わりは密接なものとなるのである。」

今日の覚書: 神様に絶対の信頼をおく代わりに、自分の頭脳、力、有能さにのみ信頼をおくとすれば、神への道や神の助けは見出し得ないであろう。神様は私に信仰の賜物(たまもの)を下さった。その贈物をうけいれることは、私自身の人間的な意思をわきに置き、神様の意思に信頼をおかなければならない。ダンテは有名な「神曲」にこのように書かれている。「神のご意志の中にこそ、私達の平安はある。」

「心を尽くして主に信頼せよ、自分の知識に頼ってはならない。すべての道で主を認めよ、そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。」  箴言 2:5-6

写真: 兵庫県赤穂の日の出 クレッグ撮影