2010年5月24日(月)読売新聞(関西発)夕刊、社会面14ページに以下の記事が搭載されました。「家族」歌い300回、岡八朗さん娘…「お父ちゃんに負けへん」

「家族」歌い300回、岡八朗さん娘…「お父ちゃんに負けへん」


母の自殺、父の病…崩壊体験交え

 5年前に亡くなった吉本新喜劇の元座長、岡八朗さんの長女でゴスペル歌手の市岡裕子さん(46)が、父の死後に始めた「家族のかたち」をテーマにしたトークコンサートが300回を超えた。舞台では家族崩壊の壮絶体験を、祈りの歌を交えて前向きに、ユーモアたっぷりに語る。岡さんの名演技を収録したDVDも26日に初めて発売される予定で、市岡さんは「死んでも頑張るお父ちゃんに負けてられへん」と各地を飛び回っている。

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コンサートで波乱の人生体験を語り、ゴスペルを歌う市岡裕子さん(2009年12月、高松市で)

 岡さんは「奥目の八ちゃん」と呼ばれ、長く新喜劇の看板役者だった。ところが、市岡さんが高校生の時、母が自殺し、家庭は暗転した。岡さんは酒浸りになり、酔っては市岡さんに暴言を浴びせた。幻覚を見るなどアルコール依存症が進行し、1996年11月、階段から落ちて脳挫傷を負い、仕事ができなくなった。

 市岡さんは父から逃げるように米国へ渡った。そしてニューヨーク・ハーレムの教会で聞いたゴスペルに衝撃を受ける。

 「人生の嵐をくぐり抜けられるよう神に導きを求める歌詞とメロディーで胸がいっぱいになった」

 4歳からピアノを習い、歌が大好きだった市岡さんは、音楽学院に入学し、ゴスペル歌手を目指した。

 ゴスペルは父をも変えた。岡さんは2001年、娘の音楽仲間に連れられて訪米。教会で娘が魂を込めて歌う姿を見て、涙を流してつぶやいたという。

 「わし、酒やめるわ」

 翌年、市岡さんは帰国。父娘の会話が戻り、岡さんは酒を断って舞台に復帰したが、05年に67歳で亡くなった。父の死後、市岡さんは「勇気をくれた歌と自分の体験を、家族の問題に悩む人に」と、語りを交えたコンサートを始めた。

 「お母ちゃんは私を見捨てて死んだと思い、お父ちゃんは自分勝手のひきょう者と決めつけていた。2人がつらかったことに気づかへんかった。おとしめ合うんやなくて、自分をさらけ出し励まし合えば、家族はわかりあえるんやで」

 こんな語りに、共感する声が相次ぎ、断酒会や自殺防止イベントにも呼ばれるようになった。08年からは、タイでエイズウイルスに感染した孤児を支援する慈善コンサートも始めた。

 市岡さんは「生きるのがしんどい、癒やしより励ましが必要な時代だと思う。だから人生のすべてを受け入れ、感謝し、自分で自分を励ますことの大切さを伝えていきたい」と言う。

2010年5月24日  読売新聞)